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2013年6月8日(土) 目黒区美術館「佐脇健一 未来の記憶」展

6月8日㈯に、目黒区美術館で開催されていた「佐脇健一展 未来の記憶」に行ってきました。
佐脇さんは1949年大分生まれ、現在も精力的に作品を制作されている彫刻家です。東京藝術大学で鋳金を専攻し、大学院修了後一貫して「風景彫刻」に取り組んでいらっしゃいます。

この展覧会のキーワードは「未来からの俯瞰」―現在を、あるいは現在よりも少し先の世界を、もっと遠い未来から過去として見渡すーそんな視点で鑑賞しました。

佐脇さんは、鑑賞順路にもこだわりがあります。最初に観てほしい作品である「目黒区美術館」と「大分市立美術館」の外観彫刻を入口に展示、「展覧会を鑑賞する前に、今いる美術館を俯瞰して欲しい」という意図です。「目黒区美術館」の外観彫刻は、今回の展覧会のための新作。実は、制作当初は美術館のまわりは大変木が茂っていて、とても見にくかったそうです。ご自分で高いところから写真を撮り、制作準備をされました。

その向かいに≪空間の記憶2012≫が展示されています。自身が指導されている大分の大学の生徒たちとの共作です。彼らの住む1Kのマンションにそれぞれ一つずつ、佐脇さんの手作りのクルミの箱を置きました。手のひらより少し大きいくらいの縦長の箱の一つの面はドアになっています。その中に、学生たちそれぞれの生活を込めました。小さな人形を入れる人、勉強道具を入れる人、さまざまです。それらの箱のドアを閉めて、壁面に縦8個横11個並べて展示してあります。まるで、彼らの住むマンションを俯瞰しているようです。

そのまま一階の展示会場の中に入ると、佐脇さんの写真の作品が展示されています。大きなモノクロの風景写真に水色の絵具で青空を描き足している作品は「フォト・ドローイング」と呼んでいます。その中のひとつ≪Landscape Hashima 2001≫は、海上から俯瞰した軍艦島のモノクロ写真の作品です。画面の上3分の1を占める空に、筆跡が渦巻く激しいドローイングが施され、圧倒的な空の高さを感じさせます。よく見ると、細い線で縦横にグラフのような線が引かれています。「禁欲的なモノクロ写真にドローイングを加える事で写真のリアリティを消す。それは、グリットを描き加えることも同様の狙い」と佐脇さんはおっしゃっていました。

二階では「箱の中の小さな景色」を楽しむ作品が、数十個壁面に展示されています。箱はほぼ雑誌程の大きさで、縦長、横長とあります。飾り棚のように小さく区切られた家具の大きさのものもあります。「神棚や仏壇のような存在」を意識したそうです。その箱には蓋がついていて、箱の中の背景にはドローイングの空が描かれています。中央には砂漠や荒涼とした土地をイメージさせる台が入れられ、上にポツンと建築物のミニチュアが乗せられています。佐脇さんの記憶の建造物です。それは、壊れた発電所、廃業した工場、無人の小屋、朽ちた飛行機などを想わせるもので、箱にひとつずつしまわれています。太陽の方向には、豆電球がともります。自然を小さな箱の中に取り込みたいと考えて制作したそうです。

静かに流れる音楽は、1935年エストニア生まれのアルポ・ベルト「パッシオ」で、佐脇さんは制作中も良くお聴きになるそうです。日常生活の中にアートを取り入れる提案もしていて、テーブルや椅子などの家具で部屋をイメージする空間をつくり、そこに作品を展示しています。この家具ですが、実は佐脇さんが近所の家具屋さんから借りてきたもの。目黒なので、近所に家具屋さんが多いので、ふらりと出かけた佐脇さんが自ら交渉して借りてきたそうです。

≪Wing Gate 2009≫という作品はとても大きな作品です。それは砂漠の中の遺跡のようです。―かつてハイテク最先端であった飛行機の翼が、長い年月を経て遺跡となったーそんな物語が思い浮かびます。錆びた翼のような大きな人工物は、異界につながる門のようです。舞台として使用されている砂は鋳造で使用されるもの。何度も焼かれているので不純物が入っていません。大きな部屋に、この作品が一つです。実は佐脇さんは、この部屋全体を箱に見立てているのです。

最後は、数多くの作品が展示されている一番広い部屋を鑑賞しました。部屋には錆びて真っ赤になった建築物や飛行機の彫刻、あるいは真っ黒でひびの入った溶岩による作品等が並びます。その中の一つ≪Landscape Seal 2011≫は、「閉じ込める」がテーマ。何を?プルトニウムです。プルトニウムを1000万年封印するアメリカの施設のミニチュア化した作品です。「1000万年後、もしかしたら現在と違う生き物がこの地球の主役かもしれない。その生物たちはこの建造物をなんだと思うだろう。」未来からの俯瞰を感じる佐脇さんの言葉です。この作品は錆びて真っ赤です。出来立てはピカピカですが、すぐに錆びが始まって2年程で真っ赤になるそうです。

≪Landmark 2012≫は、無人偵察機をモチーフにした作品です。1925年にバミューダ・トライアングルで消息を絶ってゴビ砂漠で発見された汽船の話を下敷きにしています。砂漠のような砂の舞台の上に、赤く錆びた無人偵察機が乗せられています。この飛行機は、敵地に無人で向かうことができます。軍人は、今や兵器とともに敵地に行く必要はなく、彼らの家の居間のソファからパソコンで攻撃をすることが可能なのです。時空を超えて私たちの前に現れた錆びた無人偵察機は、かつての暴力的存在から静かなモニュメントとなっています。

この広い展示室のほぼ中央に≪アイロン・マン≫が展示されています。このアイロン・マンは錆びていません。ボルトとナットでできた人型彫刻です。他の作品より少し高い位置から、錆びて風化したハイテク時代の産物を俯瞰しています。

一階の喫茶コーナーでは、鋳造している佐脇さんのヴィデオが流れているので、それを見ようということになりました。そして、びっくり!!佐脇さんご自身がいらしたのです。実は、佐脇さんとは東京メトロポリタン・テレビジョンの「美術館へいこう」でお世話になっていて、面識がありました。突然でしたが、少しお話しいただけないかとお願いし快く対応してくださいました。皆から質問をしたり、佐脇さんご自身のお話しを伺ったりと、かなり長くご一緒することが出来ました。その中で、印象的だったのは「若い時は、長く残るものを制作したいと思っていました。彫刻とはそういうモニュメント的な要素が強いので。でも、最近は喪失することも無意味ではないと考えるようになりました。そうしたらずっと楽になりました。」とおっしゃっていたことです。

本当に穏やかで腰の低い人格者でらっしゃる佐脇さんに、皆ファンになってしまいました。開催中、ほとんど毎日目黒区美術館に通われたとのこと。同時期に、ギャラリーでの展示もなさっていて、ご多忙にも関わらずお話し下さって感謝の気持ちと満たされた鑑賞時間の余韻を味わいながら、美術館をあとにしました。      (中村宏美)
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